エッセー哲学的 / 佐々木 寛


哲学に関わる、試論および小論、さらには、色々な時事問題や、身近な問題などについても、自由に書いてみたいと思っています。なお、コメントは、リンクにある掲示板へ、どうぞ。ただし、悪戯と思えるコメントは、削除します。

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北朝鮮が、日本への、核攻撃を示唆か?

「論評はまた、「日本の主要都市である東京、大阪、横浜、名古屋と京都には、日本の人口の3分の1以上が住み、工業の基幹部分が集中している」とした上で、「強力な反撃が行われれば、日本は修羅場になるだろう」と強調した。」(下記URLより)

「日本全土が報復圏内」「修羅場に」と警告 北朝鮮
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090529/kor0905291136006-n1.htm

弾道ミサイルを日本列島に向けて発射し、さらには核実験まで行った、ヤクザな北朝鮮の言い分が、まったく理解できない。北朝鮮側こそが(一方的に)、着々と日本への核攻撃の準備を進めているようにしか見えないのが現状である。
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【北朝鮮核実験 2009/05/25】

【北核実験】「核実験実施」と北朝鮮 北東部でM4・5の揺れを観測、韓国
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090525/kor0905251203006-n1.htm

北朝鮮、短距離ミサイル3発発射 日本海に向け
http://www.47news.jp/CN/200905/CN2009052501000539.html

長崎原爆並みの威力か=短距離ミサイルも発射-国際社会、一斉に非難・北核実験
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090525-00000186-jij-int

北朝鮮は、つい、この間、日本列島を飛び越える弾道ミサイルを発射したばかりで(約3,500km飛翔)、今度は、長崎原爆並みの核実験を行ったようである。これで、北朝鮮の核弾道ミサイルの射程内には、日本および韓国と台湾そしてモンゴルとラオスの全土、それから中国とロシア極東とフィリピンおよびベトナムとタイとカンボジアの大半、さらには、カザフスタンとミャンマーとインドの一部が入ることになった。これは、もはや、極東アジアだけの問題ではない。アジア全体におよぶ軍事的脅威であり、アジアの平和、延いては世界平和を脅(おびや)かす、極めて深刻な問題である。次期、衆議院選挙でも、北朝鮮の核武装という、重大な脅威に対する日本国民の安全保障の問題は、最も重要な問題の一つとして取り上げられるはずである。
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いやはや、何と言うべきか…。

ピースボート護衛受ける ソマリア沖
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090514/plc0905140140001-n1.htm

ピースボートは、海賊対策での海上自衛隊派遣に反対しながら、その海上自衛隊にソマリア沖で守ってもらった訳だ。
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相対主義についての、ウィキペディア記述の間違い!

相対主義の自己矛盾

相対主義について非常に頻繁に持ち出される古典的批判は、それが自己言及のパラドックスに陥るために、立場として矛盾を含んでいる、あるいは完全ではない、というものである。古くはプラトンが『テアイテトス』にて指摘した。(自己言及のパラドックスも参照。)

批判の概要は次のようなものである。相対主義は典型的には「いかなる命題も、絶対に正しいということはない」というような主張を含んでいる。しかし「いかなる命題も、絶対に正しいということはない」という主張自身は、果たして絶対に正しいのか、それとも、絶対に正しいということはないのか、という点をめぐる矛盾が発生する。もしも相対主義者が正しいとしたら、いかなる命題も絶対に正しいということはないはずなのだが、それならば、「いかなる命題も絶対に正しいことはない」という命題も絶対に正しいということはないはずで、すなわち相対主義者の基本的な主張は間違っていると考えることが出来る。

上記の引用は、『相対主義 - Wikipedia』(2009/05/13/12:00現在)より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E5%AF%BE%E4%B8%BB%E7%BE%A9

基本的に、上記引用のウィキペディアの記述内容こそが、間違い。

以下に、間違いである理由を述べる。まず、ウィキペディアでは、“相対主義は典型的には「いかなる命題も、絶対に正しいということはない」というような主張を含んでいる。”と、述べているが、「いかなる命題も、絶対に正しいということはない」という命題は、相対主義の命題ではなく、絶対主義の命題である。こんな簡単なことに気付かないことに驚きを感じる。それから、相対主義は、自己言及になるから、間違いだと言いたいようだが、それこそ、間違いなのである。自己言及でも矛盾になる場合と、矛盾にならない場合が、共に、存在するからである。次に一つ例を上げる。カッコ内の、「この文は十一文字である」、という自己言及の文には何の間違いもないことは明白であろう。そして、相対主義というのは基本的に、「条件により、正しいことばかりではないし、間違ったことばかりでもない…云々」という立場を言うのである。また、現実に、より善いことや、より悪いことも存在し得るというのは、相対的であるからに、他ならないのである。
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