エッセー哲学的 / 佐々木 寛


哲学に関わる、試論および小論、さらには、色々な時事問題や、身近な問題などについても、自由に書いてみたいと思っています。なお、コメントは、リンクにある掲示板へ、どうぞ。ただし、悪戯と思えるコメントは、削除します。

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シュレーディンガーの猫が、なぜ、パラドックスと言われるのか?

シュレーディンガーの猫 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%8C%AB

シュレーディンガーの猫が、なぜ、パラドックスと言われるのか、私には理解できない。箱の中の猫が、死んでいるか、生きているか、一定時間後に蓋を開けなければ分からない。それ以前には、50%の確率で、生きている状態と、死んでいる状態の重ね合わせの状態であり、一定時間後に蓋を開けなければ、どちらか分からないことが、なぜ、パラドックスなのか? 

たとえば、表と裏が重ね合わせの状態で存在するコインを、中の見えない箱に入れ一定時間、上下左右に十分振った後、箱を机の上に置き、蓋を開けなければ、コインの表か裏か分からないことは、日常生活でも確認できることである(ほぼ確率50%)。これの、どこがパラドックスなのか理解できない。同じ意味合いの事柄だとしか思えない。

ただし、蓋を開けた時、コインが立ってたら、私が笑う確率は100%近い。

追記;こういうのがあった。

シュレーディンガーの猫
https://www.youtube.com/watch?v=Q8savTZOzY0

コメント欄に少数であるが、ほぼ同じ考えの人も存在する。おかちんさん、shohei61131さんなど…。
むかし日本茶掲示板でも、同じようなことを書いたような気がしないでもない。

///////////////以下は、別バージョン/////////////

少数派の正しさ

たしか、湯川秀樹だったと思うが、学問の真偽は、多数派が決めるものではなく、少数派の説の正しさが検証されて広まり、一般化することが良くあるという趣旨のことを、何かで述べていたように思う。

ところで、思考実験であるシュレーディンガーの猫が、なぜ、パラドックスと言えるのか? 今のところ、パラドックスと考えるのが多数派で、パラドックスとは言えないというのが、少数派だと思うが、私は少数派の、パラドックスとは言えないという立場である。これから、その少数派の正しさを説明したいと思う。

ウィキペディアを見ると、シュレーディンガーの猫の思考実験概要が、載っている。

それによると、「まず、蓋(ふた)のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウン ターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。
この系において、猫の生死はアルファ粒子が出たかどうかのみにより決定すると仮定する。そして、アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。このとき、例えば箱に入れたラジウムが1時間以内にアルファ崩壊してアルファ粒子が放出される確率は50%だとする。この箱の蓋を閉めてから1時間後に蓋を開けて観測したとき、猫が生きている確率は50%、死んでいる確率も50%である。したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なりあっていると解釈しなければならない。」という事なのだが、

たとえば、ここで別に、こういう思考実験を考えよう。表と裏が重ね合わせの状態で存在するコインを、蓋の付いた中の見えない箱に入れ、一時間、上下左右に十分振った直後、箱を机の上に置き、蓋を開けて見なければ、コインが表か裏か分からないことは、日常生活でも確認できることである(ほぼ確率50%)。これの、どこがパラドックスなのか理解できない。猫の思考実験と同じ意味合いの思考実験だとしか考えられない。箱を上下左右に振っている間は、コインが表と確定したわけでもないし、また、裏と確定したわけでもない。 コインは表と裏が重なり合っているだけである。

まぁ、こういうのを、弘法も筆の誤り、また、21世紀の今日(こんにち)においては、シュレーディンガーも猫の誤り、というのである。ただし、蓋を開けた時、コインが立ってたら、私が笑う確率は、100%近いと思う。
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