エッセー哲学的 / 佐々木 寛


哲学に関わる、試論および小論、さらには、色々な時事問題や、身近な問題などについても、自由に書いてみたいと思っています。なお、コメントは、リンクにある掲示板へ、どうぞ。ただし、悪戯と思えるコメントは、削除します。

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竜樹(ナーガールジュナ)、『中論』の「八不」について

竜樹(ナーガールジュナ)、『中論』の「八不」(『中論』、三枝充悳=訳注、レグルス文庫、参考)。

不生亦不滅 不生にして亦た不滅
不常亦不断 不常にして亦た不断
不一亦不異 不一にして亦た不異
不来亦不去 不来にして亦た不去

生ずることもなく、また、滅することもない。
常住でもなく、また、断滅でもない。
同一であることなく、また、異なっていることもない。
来ることもなく、また、去ることもない。

上記は、空(くう)について書かれたものだが、この思想の背後には、近代科学のエネルギー概念に近いものが指し示されているように考えている。すなわち、真空妙有とは、固定的実体の無い真空のエネルギーのような存在についての確信とも言える。ちなみに、広辞苑によると、エネルギー保存の法則とは、「「外部からの影響を受けない物理系(孤立系)においては、その内部で、どのような物理的あるいは化学的変化が起っても、全体としてのエネルギーは不変である」という法則。無からエネルギーを創造し得ないことを示す、物理学の根本原理の一」と有る。そうだとすると、無から宇宙が生まれたとするような、ビッグバン宇宙「開闢」論などは、エネルギー保存の法則と、明らかに矛盾するものだと考える。
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