エッセー哲学的 / 佐々木 寛


哲学に関わる、試論および小論、さらには、色々な時事問題や、身近な問題などについても、自由に書いてみたいと思っています。なお、コメントは、リンクにある掲示板へ、どうぞ。ただし、悪戯と思えるコメントは、削除します。

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「ライプニッツの生得概念」

伝え聞くところによると、ライプニッツ(もしくは、その同調者)などは、幾何学における、「線とは、幅のない長さである」、などを例に上げて、これを経験に依ることのない、概念だと述べていたとか…。

だとすれば、おそらく、彼(あるいは、彼ら)は、幅のない長さだけのものなど、経験上、存在し得ないものだと考えたのであろうが、しかし、我々は経験上、実際に、或る物の長さを物差しなどで測っている時には、その幅や厚みのことを無視(幅や厚みが無いものと仮定)しているのである。

要するに、経験に依らないのではなく、逆に、経験から、「幅のない長さが、線として」、抽出されたと考えるのが、妥当であろう。

〔注〕 上記は、下記サイト(URL)から転載し、加筆したもの。
「随 想 録」
http://www1.odn.ne.jp/~cak23720/essay-page.html
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