エッセー哲学的 / 佐々木 寛


哲学に関わる、試論および小論、さらには、色々な時事問題や、身近な問題などについても、自由に書いてみたいと思っています。なお、コメントは、リンクにある掲示板へ、どうぞ。ただし、悪戯と思えるコメントは、削除します。

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如月さんの掲示板での議論を転載(1)

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承諾が得られましたので、如月さんの掲示板で行われた議論を、以下に転載します。

網上戯論
http://www.furugosho.com/cgi-bin/newbbs/yybbs.cgi

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ライプニッツの『人間知性新論』 投稿者:佐々木 寛 投稿日:2009/10/02(Fri) 19:55 No.14977

 私が持っている、ライプニッツの『人間知性新論』は、米山優=訳の、みすず書房、2002年、第4刷なのですが、如月さんが「同書、工作舎、谷川多佳子&福島清紀&阿部英男=訳」から引用した部分が、ちょっと見つかりません。1ページの行数や1行の字数も異なると思いますので、当然、ページ数が違うのでしょうが…(もう少し探すつもりです)。

 10年ほど前になるかも知れませんが、ある人の掲示板で、議論になり、このような趣旨の事を書き込んだことがあります。

 「仮に、今この時に、ある人が、ここにコップが有りながら、無いと言えば、それは虚言(ウソ)であると同時に、論理的には矛盾でもある」。

 要するに、自然言語の虚言(ウソ)は、論理としての矛盾を表しています。ですから、矛盾という論理は、生得的では無くとも、自然言語(の規約)を習得する上で、後天的に身に付くと考えられます。

ライプニッツのテクストのことなど 如月 - 2009/10/02(Fri) 22:16 No.14991

 佐々木さん、エロい落書きばかりの掲示板への書き込みありがとうございます。
 私には今、ライプニッツのテクスト・クリティックをする余裕がないのですが、私の手元のテクストでいうと、Garnierの普及版には工作舎版のライプニッツ著作集に載っている文章に相当するテクストがありますが、Olmsのライプニッツ哲学著作集版には当該テクストがありません。ですから、もしかするとみすず版はOlms版に依拠している可能性があります。

     *     *     *

 ライプニッツの生得観念擁護については別に書きますが、彼の議論のポイントは、生得観念を擁護することにはなくて、われわれは意識にのぼることがないものをも知覚している、ゆえに経験や感覚だけで生得観念の存在や不在を議論することはできないということにあるようにおもいます。

     *     *     *

 また、それが何を意味するかを別にすれば、「自然言語」という概念もライプニッツ的にはやや問題のある概念といえるでしょうね。つまりそれは、「言語」は生得的かという議論に還元されます。ライプニッツ的に考えれば、矛盾律などの論理構造は生得的(ア・プリオリ)ですが、人間の言語は自然とも生得的とも考えられないとおもいます。ただおそらく、ライプニッツは矛盾律のような論理構造を一種の原初的言語ととらえているのですね。ですから、そういう意味では、「言語」は自然であり生得的であるとおもいます。ここであえて補足すれば、こうした原初的言語は、たとえば七歳の子供に日常的に意識されることはほとんどないわけです。

ロック&ライプニッツ&コンディヤック 佐々木 寛 - 2009/10/03(Sat) 17:04 No.15056

 ロックの認識論を、批判的に受け継ぎ、それを一歩、前進させたのは、コンディヤックでしょう。コンディヤックと比較して、ライプニッツの認識論には、説得力が有りません。下記は、『人間認識起源論』からの引用です。

 「スコラ学者やデカルト主義者たちは、人間の認識の起源も生成過程も知らなかった。というのも、彼らは生得観念の原理や知性に関する曖昧な概念から出発したのであるが、そうしたものはこの[認識の起源や生成の]発見と何の関係も持たないからである。これに対して、ロックは感官から出発したので、この仕事をもっと巧みになし遂げた。」(『人間認識起源論(下)』、コンディヤック=著、古茂田宏=訳、岩波文庫、2003年、244pより)
 「記号を使用することが徐々に魂の様々な働きを開発し、今度は逆にその開発された魂の働きの方が記号を完成させ、それを使用することに慣れさせていった。この両者が互いに助け合うということは、我々の経験が証明するところである。」(『人間認識起源論(下)』、コンディヤック=著、古茂田宏=訳、岩波文庫、2003年、19pより)

 さて、如月さんには、同様のことを、渋谷の焼き鳥屋で以前、述べたと思いますが、幾何学における、「線とは、幅のない長さである」、などを例に上げて、これを経験に依ることのない概念だと断定することには無理が有ります。何故なら、我々は経験上、実際に、ある物の長さを物差しなどで測っている時には、その幅や厚みのことを無視(幅や厚みを無いものと仮定)しているからです。要するに、経験に依らないのではなく、逆に、長さを測るという経験から、「幅のない(幅を無視した)長さが、線として」、定義されたと考えるのが妥当です。
 また、「仮に、今この時に、ある人が、ここにコップが有りながら、無いと言えば、それは虚言(ウソ)であると同時に、論理的には矛盾でもある」というのは、日常的に、自然言語を使用する中で、経験し得ることです。そして、言語が生得的ならば、言語を持たなかった野生児の実例を、どのように説明するのか? という問題も有ります。ちなみに、以下に引用した、フランスのアベロンの野生児の例、および上記で引用した、『人間認識起源論』の出版は、ライプニッツ死後のことですから、ライプニッツは、それらを考慮していないことになります。

 「親から遺棄されたり、野獣にさらわれたりして動物たちとともに生活する子供は物語によく登場するが、実際に発見された子供はヨーロッパを中心にして数十例の報告がある。とくに有名な記録は、18世紀末フランス、アベロン地区コーヌの森で発見され教育者イタールにより訓練された11~12歳の少年ビクトールVictor(アベロンの野生児)、20世紀初めにインド、ミドナポルの森でオオカミに育てられたおよそ8歳 と2歳の2人の少女(アマラとカマラAmala & Kamala)などの教育訓練・養育の記録で、広く公刊され、学問的にも価値が高い。これらの野生児はいずれも発見されたときには言語をもたず、人間としての感情に欠け、野生としての行動が特徴であった。」(『日本大百科全書』、「野生児」、小学館より)

 追記:「Olmsのライプニッツ哲 学著作集版には当該テクストがありません。ですから、もしかするとみすず版はOlms版に依拠している可能性があります。」(如月さん投稿より)、なるほど、そうかも知れませんね。それから、書き込みの件は、礼には及びません。色々、教えて頂けることも有りますので…。

コンディヤックのライプニッツ批判への疑問 如月 - 2009/10/15(Thu) 23:34 No.15987

 上の方にも書きましたように、今、いろいろと細かいことを調べる時間的余裕がなく、十分なRESをつけることができずもうしわけありません。
 ただこれは逆に佐々木さんにお教え頂きたいのですが、コンディヤックの『人間認識起源論』は1746年刊行です。
 これに対し、ライプニッツの著作の多くは彼の生前に刊行されず(このため『人間知性新論』のテクストにもさまざまな異本が生じてしまうわけですが)、『人間 知性新論』は、1760年代の刊行です。また周知のように、現在彼の代表作の一つと見なされている『単子論』のフランス語原典の刊行にいたっては1840年です。
 こうした状況のなかで、コンディヤックはどのようにしてライプニッツを正当に批判することができたのでしょうか。このあたり、じっくりご教示頂ければ幸いです。

コンディヤックの批判では無く、私の批判です。 佐々木 寛 - 2009/10/16(Fri) 22:55 No.16067

 「コンディヤックはどのようにしてライプニッツを正当に批判することができたのでしょうか」(如月さん投稿より)

 誤解されているのかも知れませんが、上記の議論における、ライプニッツの認識論に対する批判の主要なものは、コンディヤックのものでは無く、私のものです。

 「幾何学(の公理)における、「線とは、幅のない長さである」、などを例に上げて、これを経験に依ることのない概念だと断定することには無理が有ります。何故なら、我々は経験上、実際に、ある物の長さを物差しなどで測っている時には、その幅や厚みのことを無視(幅や厚みを無いものと仮定)しているからです。要するに、経験に依らないのではなく、逆に、長さを測るという経験から、「幅のない(幅を無視した)長さが、線として」、定義されたと考えるのが妥当です。」(私の投稿より)

 おそらく、これは、幾何学の公理が、経験的に得られる根拠を明白に示した、世界初の例かも知れません。実を云うと、私自身、小学生のころには、「幅の無い長さ」など経験できないものだし、経験からは得られないと考えていました。しかし、本当に、そうだろうか、と考え続けて、ようやく、上記のような例を考え付いたのです(考え付いてみれば、当然のことにしか思えませんが…)。

 ロックの経験論的認識論を一歩前進させたのが、コンディヤックだと述べましたが、実は、仏教哲学がロックやベーコンより二千年ほど前から、経験論的に、五官および六根による知覚を重視しています。西洋人が日本など(東洋地域)に来たころとも符合しますし、西洋の経験論哲学は、仏教の影響下にある可能性が高いと、私は考えています (私のサイト〔下記にリンク〕に掲載している論文でも述べていますが…)。それはさておき、ロック以降を要約すると、認識は、感官からの経験によると述べたのがロックで、それに言語(記号)の重要性を付け加えたのが、コンディヤックです。さらに私は、それらに加え“価値”の重要性と、その“三つの要素の整 合性”が重要だと考えています。手前味噌ですが、コンディヤックを一歩前進させ得たものだと自負しています。ちなみに、このことについても、私は自らの論文で述べています(実を云うと、コンディヤックの『人間認識起源論』を読んだのは、論文を書いた後のことですが…)。

 「一般的に認識というものは、対象となる事実経験(対象事実)と、論理一般(名辞:記号、概念:観念、論理:構造)の無矛盾性と、価値一般(正と負と中立の価値および全的価値と個別価値など)との妥当性という、三種の要素の整合性によって齎(もたら)されるものと考える。」(私のブログ『エッセー哲学的』より引用)

【哲学】『エッセー哲学的』佐々木 寛
http://sasaki01.blog38.fc2.com/blog-entry-10.html
一神教の絶対主義と多神教の相対主義 佐々木 寛
http://www1.odn.ne.jp/~cak23720/sh.thesis.hp-index.html

山口氏による「自然な獲得過程の仮構性」の指摘 如月 - 2009/10/17(Sat) 00:27 No.16071

 ご教示ありがとうございました。しかし、ロックとライプニッツそしてコンディヤックやエルヴェシウスに関して私が問題にしたいのは、佐々木さんのようなスケール雄大な発想に基づくものではなく、もっとせせこましいものなのです。

 コンディヤックに関しては、彼の思想を仏教と比較するというより、たとえば山口裕之さんの次のような指摘の妥当性について私は考えてみたいわけです。

 「そもそも教育とは、幼児が自分で形成した観念に記号をあてがい、その形成順序を自覚させることなのであろうか。そうした教育が可能であるためには、記号を教 える側が、幼児がいかなる観念を形成したかを知っていなければならないが、それをいかにして知ることができるのか。むしろ、第4章で論じたとおり、言語を習得するとは記号を契機として観念を探求することである。つまり幼児は、自ら形成した観念に記号をあてがうことを教えられるのではなく、記号を先に教えられ、それが示す観念を探すことで言語を習得するのである。その際、教えられる記号のほとんどは、幼児にとって未知の観念の記号である。幼児が自然に従って自ら形成した観念など、現実的にはほとんどありはしないのだと言わねばならない。ところで、こうした教育は、コンディヤックの言うところの「悪しき教育」、言葉のみを先に教え込む教育である。だとすると、およそ言語を学ぶ全ての幼児が、コンディヤックの言うところの「悪しき教育」を受けて成長するということになるのではないか。一言で言って、コンディヤックが理想とするような自然な分析を自ら遂行する幼児など実在しないのではないか。そして実際、コンディヤック自身が、自らの論じる「自然」な幼児の発展過程は実際に観察されたものではないことを認めているのである。
 「自然を研究するためには、幼児において我々の諸機能の最初の発展を観察するか、我々自身が達成したことについて思い出すことが必要であると思われる。しかしその両方とも困難である。…今日我々が認識を獲得するときに、我々はいかにして自らを導くのかを探求することに限ろう。もし我々がいくつかの認識を確証することができたなら、そしてその認識を獲得したやり方を確証することができたなら、我々はいかにして更なる認識を獲得することができるかを知ることができるのである」(『論理学』)

 コンディヤックの言う「幼児」は実際に観察されたものではなく、むしろ「今日我々が認識を獲得するときに、我々はいかにして自らを導くのか」をモデルにして仮構されたものなのである。そして、幼児の状態を想定するような推論が記号によって為されたことは間違いない。つまり、記号による分析が模範とすべきだとされる「自然」な順序は、実のところ記号による分析によって形成されたと見るべきなのである。」(同氏『コンディヤックの思想』勁草書房、2002年、241-3頁)

支那(中国)思想のフランス西漸 佐々木 寛 - 2009/10/18(Sun) 10:48 No.16165

 以前、如月さんから教えて頂いた、後藤末雄の『支那思想のフランス西漸』は、今から70年以上前に出版されていますね。非常に優れた内容の論文だと思いますので、ここで少し、その最近の改訂版から引用したいと思います。以下は、『中国思想のフランス西漸(2)』、後藤末雄=著、矢沢利彦=校訂、平凡社、2003年の、本文からの抜粋です。

 「古来、中国では完全に信仰の自由が認められていた。中国には祖先教、儒教以外に仏教、喇嘛教が信奉され、かの基督教は、一六九二年康熙帝時代に公許された。「信仰の自由の使徒」と呼ばれたヴォルテールはこの点において、全く中国の法制に魅惑されたのである。殊に雍正帝は「日本における基督教徒の叛乱」に鑑み、宣教師の異教不認容主義が内乱を醸成することを憂慮し、断然宣教師を駆逐した。この皇帝こそ政治と信教とを識別し、全然この両者を分離することが出来たのであった。換言すればヴォルテールの理想は、中国皇帝によって実現されたのである。それ故、彼は雍正帝の宣教師に与えた勅言を賛美し、帝をもって「神が人間に与えた名君のひとり」とまで激賞したのである。
 私の列挙した中国文明の特徴、道理の尊重、迷信の絶無、賢明な専制政治、法制に現われた仁愛の観念、道徳の奨励、平等の精神、信仰の自由は、皆ヴォルテールの精神であり、その提唱であった。そして中国思想がヴォルテールの生前から耶蘇会士によってフランスに西伝されたこと、また彼が著書中で中国の文物制度を賛美すること、殊に彼の提唱の多くが中国思想と合致することに立脚して、この社会哲学者の意識中に中国思想の影響を認めるものである。」(前掲書、122pより)

 少し補足しておきますと、この当時の、中国というのは、女真(満洲)民族に征服されており、皇帝は、満洲人です。ですから、当時の、満洲人の中国皇帝は、ヴォルテールが激賞するほど、賢明だったということになります。ちなみに、漢民族(中国人)でありながら、中国思想を撲滅しようとした例は、始皇帝の「焚書坑儒」から、毛沢東の「文化大革命」まで、かなり大規模で、徹底したものがあります。要するに、幾人かの中国人の為政者(独裁者)にとって、中国思想というのは、撲滅しようとしなければならないほど、邪魔なものだったのでしょう。それはさておき、このように、東洋思想(特に儒教)が西洋人(ヴォルテールなど)に影響を及ぼしていることを明白にした後藤末雄の優れた議論を、その後70年以上、後進の者が誰も展開していないのは、怠慢にしか思えないこともないのですが、遅ればせながら、私が、儒教の他に、ヨーロッパ近代の哲学思想のうち、特に経験論哲学(ベーコン・ロック・ヒュームなど)が、仏教哲学からの影響である可能性の高いことを、自らの論文で示し得たものと自負しています(実は、私が論文を書いた時は、まだ後藤末雄の論文を読んでいなかったのですが…)。

 それから、私が、コンディヤックの『人間認識起源論』を読んだ限りでは、教育、特に幼児教育に関する記述は余り無かったように思っています(コンディヤックの別の著書では有るのかも知れませんが…)。いずれにしろ、我々は生後、後天的に、母親などに育まれながら、言葉を、赤ちゃん言葉から習得してきたと思っていますが(そうでない場合は、言葉を持たない野生児のようになる)、ただ、その内容については、また別に、研究する必要のある問題ではないかと考えています。

支那(中国)思想のフランス西漸 (後藤末雄)
http://www.furugosho.com/precurseurs/mably/gotoh.htm

ライプニッツの言語観についての補足 如月 - 2009/12/20(Sun) 22:54 No.21616

『人間知性新論』を読み進めていくうちにライプニッツの言語観についての私の書き込みは不十分だと気がつきましたので、以下に若干補足しておきます。

     *     *     *

 さて、われわれが日常使っている言語に関して、ライプニッツはそれそのものが「生得的」だとは考えていないとおもいますが、それとは別に、個々の単語や発音にはそれなりの根拠があると主張しています。それはどういうことかというと、日常用いられる言葉のなかで、彼は特に擬音語に注目していますし、それとは別に「l(エル)」とか「r(アール)」の発音も、その単語の指示対照のなんらかの状態を反映しているのではないかと考えていたようです。つまり、個々の単語には、それがそのように発音される「充足理由」があるはずだというのがライプニッツの考えですね。ですから、言葉が完全に恣意的なものだとは考えていない。
 一方彼は、フランス語やイタリア語が、ラテン語が変化して生まれたものだという認識ももっていますし、それをさらに普遍化して、ヨーロッパ(キリスト教圏)のさまざまの言語の祖語のようなものがあったのではないかといったことも考えている。で、この祖語(それを彼は「アダムの言語」と呼びます)は、現代の言語よりも指示対照と言葉がもっと緊密に結び付き、いろいろなものを明確に伝えることができたはずだというようなことも想像しているのですね。では、この「アダムの言語」をライプニッツが「自然言語」と見なしていたかというと、私はちょっと疑問があります。
 ところで、言語に関するライプニッツの関心が、もう一方で、普遍言語に向かっていったことはよく知られていますよね。それは、言語に論理的な明晰性を求めたからで、思考と言語(記号)の一致が彼の理想だったのではないでしょうか。この普遍言語は、日常的に使用されている言語とは異なる人工語とならざるを得ないでしょうし、いまだ存在したことのない言語ということになるとおもいますが、人間の思考に忠実という意味では、むしろこれをこそ一種の「自然言語」と呼んでもいいのではないかというのが、私の考えです。
 それともう一つ補足しておきたいのは、こうした普遍言語探求の観点から、ライプニッツは中国語と漢字に非常に注目していたということですね。つまり、漢字は、アルファベットと違って表意文字と表音文字を兼ねているので、観念と言語のある種の一致が達成されているのではないかとして、強い関心をもっている。また森羅万象を「0」と「1」の組み合わせで表現する「易」に対する彼の関心も有名です。
 ですから、普遍言語の探求といっても、ライプニッツが考えていたのは、エスペラント語のようなヨーロッパ言語の簡略化・完全化の方向ではなく、中国語と漢字のロジックを含めた、かなり抽象的なものだったのではないかという気がします。
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