エッセー哲学的 / 佐々木 寛


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『中国思想のフランス西漸』

 これは大変な論文です。『中国思想のフランス西漸(1・2)』、後藤末雄=著、矢沢利彦=校訂、平凡社。
 七十数年前に、書かれた論文の、増補・改訂・復刻版です。たいへん独創的な論文だと思います。ヨーロッパがアジア(特に中国)へ「進出」した当初から、中国思想や文化が、ヨーロッパへと「逆に」伝播したことを、文献資料により、論証しています。たいへん立派な、学問的業績だと考えます。先達(先学)に敬意を表したい。
 以下は、『中国思想のフランス西漸(2)』、後藤末雄=著、矢沢利彦=校訂、平凡社、2003年の、本文からの、抜粋です。

 さらに吾人の注目を引くことは、中国思想に多大の興味を有し「北京耶蘇会士紀要」の発刊に斡旋したベルタンが、ルイ十五世の末期国民反抗の声に恐れて、「フランス国民に支那思想を接種」すべきことを上奏し、ルイ十五世もまたこの進言を嘉納されたという事実である。 …中略…
 かくの如く中国文化はフランスに紹介され、百科全書家に接触すると同時に、フランスの学会に進出して遂に支那学が成立し著名な中国学者を生じ、中国人をもってエジプトの植民なりと断定する暴論まで、学会の大問題をなしたのであった。それ故、ルイ十四世がフランス耶蘇会士を中国に差遣した学問的大命が完全に成功した許りでなく、中国とフランスとの思想的接触はフランス文化そのものの革新に資益したのであった。恐らくルイ十四世は、かかる結果を来たそうとは夢にも思わなかったであろう。実際、この大王は学問を愛してこれを保護しながら、学問の進歩によって人知が進歩し、延いて人間生活の革新を促すべき事理を理解していなかったのである。(306pより)

 学問の進歩が重要なのは、まったく同感です。中国の「易姓革命」思想が、フランス革命の思想的背景に、有るのかも知れません。以下は、引き続き、同書からの、抜粋です。

 古来、中国では完全に信仰の自由が認められていた。中国には祖先教、儒教以外に仏教、喇嘛教が信奉され、かの基督教は、一六九二年康熙帝時代に公許された。「信仰の自由の使徒」と呼ばれたヴォルテールはこの点において、全く中国の法制に魅惑されたのである。殊に雍正帝は「日本における基督教徒の叛乱」に鑑み、宣教師の異教不認容主義が内乱を醸成することを憂慮し、断然宣教師を駆逐した。この皇帝こそ政治と信教とを識別し、全然この両者を分離することが出来たのであった。換言すればヴォルテールの理想は、中国皇帝によって実現されたのである。それ故、彼は雍正帝の宣教師に与えた勅言を賛美し、帝をもって「神が人間に与えた名君のひとり」とまで激賞したのである。
 私の列挙した中国文明の特徴、道理の尊重、迷信の絶無、賢明な専制政治、法制に現われた仁愛の観念、道徳の奨励、平等の精神、信仰の自由は、皆ヴォルテールの精神であり、その提唱であった。そして中国思想がヴォルテールの生前から耶蘇会士によってフランスに西伝されたこと、また彼が著書中で中国の文物制度を賛美すること、殊に彼の提唱の多くが中国思想と合致することに立脚して、この社会哲学者の意識中に中国思想の影響を認めるものである。(122pより)
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